「生きてるだけで丸儲け」byきっ

はじめまして、僕は『きっ』というものです。
不注意型のADHDと双極性障害を持っており、現在寛解に向けて治療中の身です。
拙い文章になると思いますが精一杯書かせていただきますので、どうぞよろしくおねがいします。

のこ太
きっさん!!よろしくね!!

1. 僕の人生

僕の人生において大きな『波』が現れ始めたのは大学生時代からなのでそれまでの話は簡潔に書かせていただきます。

僕が小学校、中学校時代の頃は特に何事もなく、極々平凡な生徒Bあたりの立ち位置だったと思います。ただ少しばかりやんちゃで喧嘩っ早い少年がそこにいただけで、ADHDの不注意による忘れ物や宿題忘れもそれほど大きな問題として表面化はしませんでした。学生生活で問題になりがちな『いじめ』に関わることもなく、このときまではまだ平均的な人生を送っていました。

高校受験の時、僕は都会への憧れから無謀にも奈良から大阪の高校に通いだし(通学時間はなんと片道1時間半!)新たな学園生活をスタートさせました。高校から持ち込み可になった電子辞書に入っていた、太宰治や夏目漱石、梶井基次郎などの文豪たちの作品に心惹かれ、ありとあらゆる授業の時間をそれらの作品を読み漁ることと、隠れて携帯でテキストサイトを読む時間に当てていました。その頃から自分は極々平凡な生徒Bから明らかに異質なキャラとなって、教室での立ち位置を確立させるようになりました。

センター模試で現国日本一の座を獲得する一方で、数学は全くついていけず、本気で挑んで0点を取り、数学担当教員から「俺の何が気に食わなくてこんな真似をするんだ!!言ってみろ!!」と怒られ三者面談が開かれたりするなど、発達障害が問題になり始めたのはこの頃からだったのだなぁと今になって思います。そんな有様ですから当然数学を使う受験方法は不可能で、やむを得ず近場で『特に受験勉強せずに行ける』ことを前提に大学を選び進学しました。全く持って人生を舐めてるとしか思えない生き方ですが、当時の自分にとってそれほど努力というものは遠い存在でした。

のこ太
発達の特性はここにも現れていたんだね。ふむふむ。

さて、いよいよもって奇行が目立ち始めたのは大学生となった頃からです。今の自分からすると奇行と言えるだけで実は全国の大学生も同じようなことをしているのかもしれませんが念の為、いくつかエピソードを語りたいと思います。新歓時期に一番名前がイケてるという理由で考古学研究会というサークルに所属してからはそのサークルを隠れ蓑として、サークル棟で暴れまわりました。使われることを想定していないような部活動規則を悪用してクーデターもどきの事を起こしたり、バットをもって隣室の部室にカチコミを行ったり、アレやコレや……枚挙に遑がないので割愛しますが、終始問題を起こす学生でした。ただその行動力をカリスマと勘違いしたのか、僕の周りには良い友人がたくさんいて、いろいろと助けてもらうこともありました。

のこ美ちゃん
何はともあれ人望はあったのねー。

サークル内だけでなく、講義の場でも様々な問題を起こしていました。つまらない講義をする教授に抗議の意を込めて寝袋を持ち込んで爆睡したり、部室で髪染めをしてラップを巻いたまま講義に出ていたり、とにかく目立つ学生でした。卒業した後から聞いた話ですが、学部の教授全員が僕のことをマークしていたそうです。まったくもって有り難いことですね。

のこバブちゃん
随分と破天荒バブね!!寝袋はすごいバブ笑

また私生活では唐突にサイクリングに目覚め、ふらっと出かけては2,3日自転車に乗りながら旅をしてボロボロになって帰ってきたり、同じく電車で出かけては数日帰らずに親に心配されるということを繰り返してました。一人だけ寝ずに他のメンツだけが変わっていくような徹夜麻雀にもハマっていました。またたまに動けない時期が来て、しばらく大学を休んだりもしていました。

常にそんな調子だったことと、ADHDの僕にとって『課題を期限までに終わらせる』ということが重なり見事に留年、サークルの後輩が同級生になり非常に気まずい思いもしました。

双極性障害の症状が出始めたのはおそらくこの頃からだと思いますが、当時は自分がADHD、ましてや双極性障害なんてものに罹るとは思いもしていなかったのでその判断もつけ難く、今となっては謎が残るばかりです。

のこ助さん
本当の自分なのか、病気によるものなのか、その境は悩ましいものがあるよな。

ろくに就職活動もせずになんとか無事(?)に卒業した後は中小企業のルート営業の仕事に就いたのですが、コレがまた自分の特性とかけ離れたもので、マルチタスクに次ぐマルチタスクで当然のようにミスを連発し、次第に孤立していくようになりました。助けを求めるという考えもなく、日々プレッシャーに押しつぶされるばかりの日々が続き、当然仕事のミスも増え更に怒られるという悪循環に陥っていました。もはや正常な判断力もなく業務にあたっていたので事故で社用車一台オシャカにしたり、配達業務なのに配達するものを営業所に置いたまま外回りに行くなど、もうめちゃくちゃでした。

そして2018年の1月、ついにXデーが訪れました。

社長直々の肩たたきです。

のこバブちゃん
バブーーー!?!?

曰く「もう面倒は見れない」曰く「給料を1ヶ月分余分に出すからやめてくれないか」名目上は自主退職ですが実質のクビ宣言です。それからも退職に関わる書類のやり取りを終わらせるまではなんとか頑張りましたが、そこで限界が来ました。人生初めての自覚症状のあるうつ状態です。

のこバブちゃん
なんだか大変になってきたバブ・・・雲行きがあやしいバブ・・・。

家事もろくにできず、すぐ近所にあったマクドナルドで毎日ハンバーガーを買いあさって、それのみで生活するような日々が3ヶ月ほど続きました。腐りかけだろうが動けなければそれを食べ、水分補給は水道水以外口にもしませんでした。風呂の頻度も減り、あらゆる面で『だらしなく』なってました。
当然仕事をやめたことにより発生する諸々の手続きもまともにできず、保険証すら手元にない状態でした
そんなある日、急に世界が開けたように感じられ、普段の生活を取り戻すことができるようになり、こう考えたのです。

 

 

「そうだ、自殺しよう」、と

のこバブちゃん
バ・・・バブーーーーーーー!?!?!?!?

今思えばまさに躁転時の典型的な自殺衝動なのですが、当時の自分はそれが唯一自分らしさを全うできる道だと考え、ホームセンターでロープを買い、着替えも持たずに家を飛び出しました。自家用車もあったので死ぬ前に一度は行ってみたかった諏訪大社にお参りしてから、とりあえずは自殺のメッカである富士の樹海を目指して車を走らせました。

富士の樹海の警備員さんは凄いですね、普通の人には目もくれないのに僕にだけは凄まじく注目してきました。上にも書いた通り、その時の自分の精神は自殺の完遂に全精力を傾けていたので、無線でやり取りしたのを見てからは捕まる訳にはいかないと車に戻って即逃げ出しましたが、行くあてもなく、ガソリンの尽きる限り走り続けました。結局最後に国有林を最後の場所と決め、山に入り登山道を離れ、丁度いい木にロープを括り付けました

恐怖心を打ち消す為に買ってきた酒を飲みながら山の中一人、木に吊られたロープを見ながら数十分ほど自問自答していました

「本当にこれで良いのか?」「死なないでいい道はあるはずだろう?」「悔いはもうないのか?」

……結局、そのどれもが首吊りを止める要因にはなりえませんでした。自分で自分の命を終わらせることが社会にとって有益だという気持ちにすらなりました。
そのときの自分の視野はおそらく極限まで狭まっていたと思います。
「死ぬ気になれば何でもできる」という方もいますが、自分の経験上そんなことはありえないと断言できます、そんなことは不可能です。

そして泣きながら勢いをつけて首を吊った瞬間!
バギンという音ともに枝が折れ、自分の体は斜面に叩きつけられました。
万に一つの偶然か、枝の内部が腐っていて自分は一命をとりとめたのです。
それを見て、こんなことがあるのかと呆然としたまま、それこそ一生に一度の勇気を使い果たした自分は家へと帰りました。(もちろん酒が抜けてから)
このときはすでに躁転していたために家に帰ってからもふさぎ込むこともなく、家事もできるようになり、ただ平穏に日々をすごしていました。

のこバブちゃん
バブゥ・・・一時はどうなることやらだったバブね・・・!!

このタイミングで初めてメンタルクリニックに行き、自分に双極性障害の疑いがあることを知りました。
全く想像もしてなかった病名で、自分を納得させるのに手間取った一方、心当たりのある行動が何個もあったので、それを受け入れることは比較的容易でした。
そのときは初診ということもあり、リーマスを出されただけで終わりました。

……しかしある日、また沸いてきた「自殺しよう」という気持ちに抗えず、ツイッターの「#自殺募集」というタグを使って心中仲間を探しました。

のこバブちゃん
バブー!!まだ終わってなかったバブー!!

当然のことながら、本気で死にたがってる人間というのは極少数で、そこまで決意してる人は自分の死に方にもポリシーを持っている人だらけで、自分が望む「旅をしてからヘリウムガスを吸い込んでの酸欠死」に賛同してくれる人はなかなかいませんでした。
そうして仲間を探していたところ、30代の男性が話にのってきてくれました。

曰く、「一緒に死にませんか」と

自分はその男性の下まで車を走らせて、居酒屋で始めて顔を合わせました。
死ぬ前に最後だからと、お互い周りに話せないような心の奥底まで見せ合うような会話をして、少し癒されました。
その後5日間にわたりその男性と旅をして色々な所へ行き、色々なことを話しました。
今もその男性の方とは連絡を取っていて、今では年の離れた親友のように思っています。

そんなこんなで旅の終わりが近づいてきたある日、自分は彼に死んで欲しくないと思う一方、自分が死ぬのを止められないという状況に苦しむようになりました。
そこで彼をホテルに放置し、自分は死ぬため、最後のドライブへと繰り出しました。
なんとなく、海を見てから死のうと思って海沿いを目指して走っていると看板に「千葉県精神科医療センター」の文字が……

生きるには自分の力だけでは無理だ!助けてくれる人が必要だ!看板を見た瞬間自分の中に未練や後悔があふれ出してくるのを感じました。
早朝4時ごろ病院に乗り込みドアを叩き「開けてくれ!!死んでしまう!!」と騒ぐ自分はまさに狂人のように見えたはずです。
しかしそこで緊急で診察をしてもらえることになり、再度双極性障害の診断を受け、入院という手段を持って自殺を止めてもらえました。
病院の中でも服をロープにして首吊りを試みたりしましたがうまくいけず、自殺は断念しました。
その後親が病院に迎えに来てくれて「死なないでよかった」と泣いたのを見て初めて、自分はなんと馬鹿なことをしようとしていたのだ、と思えるようになりました。

その後は地元に帰り、紹介された大き目の病院に通っています。
そこでも双極性障害の診断をうけ、投薬による治療を受けていることで一時期ほどひどい状態にはならずに、何とか生活できています。どうしても病気の症状として希死念慮という症状は現れてしまいますが、それをできる限り客観視し、病気に負けぬよう生きていこうと思ったのもこの時期からです。これを読んでくれた方の中にも、希死念慮との闘いを続けていらっしゃる人がいると思いますが、負けぬよう強く生きていきましょう!

のこバブちゃん
色々ギリギリだったけど、生きていてくれてよかったバブ!!
のこ太
やっぱりどうしても希死念慮は出てしまう人もいると思う。その気持ちもきちんと尊重しながら穏やかに過ごしていけたらいいよね。

2. どんな精神障害を抱えていますか?

不注意優勢型のADHDと双極性障害

 2.1. いつから精神障害を抱えているのか?

ADHDに関してはおそらく生まれつきで、双極性障害については大学生時代からかと思っています。

実際に診断を受けたのは2018年5月

 2.2. どのような症状?

ADHDの方は

人の話を聞けない、忘れ物が異常に多い(薬も飲み忘れる)、注意力が散漫、数学に異常に弱い、期限や時間と行ったものを守るのが苦手、物をよくなくす、などなど

双極性障害の方は

以上にテンションが高い、全能感に溢れて自分ならできる!という根拠のない自信を持つ、世界が輝いて見える、脳がバチバチしてる、なんでも行動に起こす、本当に唐突にやったことのない趣味を追求しだす、幻聴と会話する…など典型的な感じです

動けない、正確には動くと決心できない状態になる。(実際には動ける、相当の努力をすれば。ただしその後は……)

希死念慮

3. 精神障害でこれまで大変だった事

自殺未遂とか抜きにすると1番はやっぱり躁の時に消費者金融から借りれるだけ金借りて作った200万を投資に使って1晩で全部なくしたことですね。

ADHDでの生き辛さはこれからなんとか克服したいと思います。

4. 今現在どんな治療を行なっている?

現在は医師の方針で双極性障害に絞っての投薬治療を行っています。

2週間に1回のペースで通院しつつ、リー○スとジ○レキサ、あと睡眠障害対策でフルニ○ラゼパムを飲んでます。

5. わたしの日々の過ごし方

躁の時は手綱を取るように心がけ、鬱のときは体の言う通りに休むことを心がけてます。

同じ病気の人の話を聞いたり、本やネットの記事を読んだりして自分の病気についての理解を深めるように努力もしています(と胸を張って言えるようになりたい)

6. 今の目標

もちろん寛解!と言いたいところですがそう簡単に行かないのはわかっていますので、まずは就職ですね。

A型作業所でのリハビリを経由して、オープンでの就職を目指しています。

7. わたしにとって回復に役立ったと思う活動

こんな事を言うのもなんですけど、ズバリ通院です(笑)

これらの病気は根性論だけでどうにかできる問題じゃないので、しっかりとした病院で診てもらうことが回復への道だと思います。

もちろん個人差はありますが、リー○スを飲み始めてから極度にテンション上がって自分でもどうしようもなくなるといった状態になってないので、やっぱり薬も大切だなぁと感じてます。

8. こんな活動しています!

関西圏でゆる~い感じの双極性障害グループが存在してなかったので、和音さんという方と協力して作ってみました。結局関西縛りはもうなくなって、全国の方が参加しているんですけどね(笑)

大阪で双極性障害オフ会も開いたりしてます

現在はカカオトークで双極性障害の人だけで20人程度のグループチャットに参加しています

もし興味のある方がいたら下のツイッターアカウントに連絡ください!

9.繋がろう!!

ツイッターアカウントは↓

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