「適応障害・抑うつ状態の僕の物語。過去は全て経験値。ゆっくりでも一歩ずつ」by ケントゥー

初めまして!ケントゥーと申します。

現在は、実家で療養中です。

幼いころから、ずーっとテニスにのめりこんで大学も部活に所属していました。

その他、スノボ、料理も趣味でしたね。(写真はチョコチップクッキー、ガトーショコラ、クッキーシュー、白玉トリュフ)

友人達等からは、優しい・真面目・素直・頑張り屋といわれることが、振り返ってみると多いと思います。

よくある、優しいけど彼氏とみれない系男子です(笑)

どうぞよろしくお願いします(><)

のこ太
ケントゥーさんよろしくね!
のこ美ちゃん
スポーツが得意で料理も趣味だなんて、ハイスペック男子じゃない!

1. 僕の人生

 1.1. 父との仲

医師の父と看護師の母、弟2人の5人家族でした。

父の仕事の都合で、様々な場所へ転勤しました。

青森→大阪→大阪(府内で移動)→栃木→岩手→宮城

と、まぁ色々な所に行ってましたね(;’∀’)

一見すると、順風満帆な家庭と言われても、おかしいとは思えませんね。

ただ、一つ目の闇がここであります。

父はアルコール中毒者でした。

幼いころは、テニスにもスキーにも連れて行ってくれる、可愛がりのある父親でした。

しかし僕が小学生の時には、父は既にアルコール中毒者と言われてもおかしくないほどでした。

毎日の怒号。それを必死で止める母。何もできない僕たち兄弟。

そんな父が見る見るうちに、嫌いになりました。

中学生くらいから、会話はほとんど避けるようになりました。

高校、大学の合格の時に「おめでとう」と言ってくれたのに対して、仕方なく握手するくらいでした。

大学では1人暮らしが始まり、親元を離れて暮らしていました。

そのため、長期休暇で実家に帰る時もほとんど話した覚えはありませんでした。

そんな大学3年次が終わろうしていた冬に母から、電話がありました。

「父さんが…自殺した…」

実験の中休みでしたが、一目散に実家に戻りました。

ここで、僕の中の何かが崩れました。

穴が開いたといった方が的確かもしれません。

のこパパ
親の死は堪えるなぁ…
のこママ
ぽっかりと穴が空く感覚…なんだかわかるわ。

 1.2. その後の大学生活

卒論も何とか通り、大学院まで進学しましたが、今までと何かが変わりました。

この頃から、うつ状態に少しですが入っていたのかもしれません。

何もしたくない。実験とかどうでもいい。好きだった料理もめんどくさくなりました。

誰もいないちょっとした丘で、街を一望できる場所で一人、タバコを吸う機会が増えました。

のこ助さん
喪失体験、そうそううまく切り替えらんないよな。
のこ蔵さん
大学院…わたすはいつになったら…
のこ助さん
(のこ蔵さん、安定だな)

 1.3. 就職先にて

就職先では、とにかく早く仕事を覚えなきゃと思い、過ごしていました。

自分のことをポンコツだと思っているため、誰よりも頑張らなくちゃと思っていたんです。

先輩にも早く追いつきたいという思いも募っていました。

補足ですが、弊社はクライアント次第という事もあり、土日出勤も多い日々を過ごしていました。

その中で、6:45には出社し、帰りは21、22時の毎日でしたねぇ。

規則で決まっているので、14連勤まではセーフなので、そこも何とかこなしていました。

そんな生活の中で、食べるのはコンビニ弁当くらい。

そんな日々が続いたある時に、とある勉強会出席するために出張することになりました。

勿論仕事を抱えて。

最後の日に食べた馬刺しにあたり、ウィルス性胃腸炎になりました(´;ω;`)

今思い出すと、恐らくこれがトリガーだと感じます。

「こんなことで?」と思う方もいるかもしれません。

トリガーとなるのは、ほんの些細なことでも起こりえます。

のこ太
誘因はホント些細なことでもなり得るもんね。

勉強会、ウィルス性胃腸炎での休養、とある発表を行うために、仕事場に約1か月顔を見せることができませんでした。

上司からは「こんな長い間、いないなんてこと普通ありえないぞ。自覚持てよ。」と言われましたね。

返す言葉なんてありませんでした。

すべて僕の段取りが悪いせいだ

と思わずにはいられませんでした。

そこからです。一気に崩れたのは。

この段階で、

  • 固形物が食べれない
  • 声が出なくなる(自分では出していると思っていた)
  • 何が不安か分からないけど、不安を感じる
  • 寝れなくなる
    等といった症状がありました。

見かねた上司が「病院行ってこい。」と言ってくれました。

とあるクリニックで状況を説明し、
「すぐに休む必要がある。」
と、言われたが僕は現実が受け止められず、
「でも、まだ仕事が…」
と言っていました。

信じられないでしょうが、

自分の状態に気付いていなかったんだ。

「このままだと、国立競技場で自殺した人のように、あなたも死んでしまう。」

と言われ、「適応障害・抑うつ状態」という診断書が出され、休職に入りました。

のこ美ちゃん
頑張りすぎていると、自分の今に気が付けなかったりすることは多いみたいね…

 1.4.休職してから

僕は休職後、実家に戻りました。

診断書が出された日には情けない思いで、泣きながら母に連絡しました。

実家に戻ってからは、近くの精神科に行き、閉鎖病棟へ入院しました。

しかし、当時の僕の思いとしては、

「誰からも話しかけてほしくない…」

「一人にさせてほしい…」

ということ強く、入院自体がとてもストレスになりました。

そのため、主治医との話し合いで、自宅療養に変わりました。

だいたい1か月ちょっとだっと思います。

その後は、実家での服薬治療が始まりました。

実家に戻ってから、約2か月後、自分でも驚くくらい元気になり、

今会える人にできるだけあっておこう

と思い、友人・先輩・後輩に片っ端から連絡しました。

そこから、体調が完全に復活!...したかに思えました。

人と会う事は今でも、良かったと思っています。

問題だったのは、詰め込み過ぎたという事です。

年末年始という事もあり、かなりスケジュールを入れ込みました。

結果、終わった後の焦燥感と減薬が重なり、再び抑うつ状態へ逆戻りしました。

会社へは、復職出来そうだという事も話しており、それができなかった自分にも落ち込みました。

そんなこんなで、毎日が何となく過ぎていきました。

「休めていたか?」

というのも、正直自分でもわかりません。

「休む」

ということが、どういう事か分かっていなかったので…

たまに友人や後輩に誘われて、外に行き、あとは布団で寝ている日が過ぎていきました。

のこ助さん
「休む」って難しいんだな。

 1.5.現在

そんなこんなで、現在(2019年3月24日)で、休職が1年5カ月が過ぎました。

いまだに、適応障害・抑うつ状態という診断名と共に生きています。

一つ変わったことと言えば、以前までは

「どうにか、病気以前の自分に戻れないかなー」

という思考が、現在では

「んー、病気持ちでも、やれることはあるからいいんじゃないかな?ゆっくりトコトコ歩いてみよう!」

と、自分の状態を受け入れることができたという事です。

のこ太
ひとつ自分を受け入れられたのはすごいよ!
のこバブちゃん
ばぶぅ!(ホントだね!)

何かきっかけが、あったのかと言われたら…

「自分がやりたいことを見つけた」

という事だと思います。

まつらさんや、ヤギさんに実際にお会いできたというのも、一つのきっかけです。

こうして、LSPに僕自身のことを書かせていただけるのも、お二方に出会わなければなかったと思います。

現在は療養しつつ、僕が目標としていることに向かって、勉強中です。

因みに休職期間は、あと約6か月ちょっと。

戻れるのか、戻れないのか。

はたまた戻るのか、戻らないのかというのは、その時になってみないと分からないので、今はあまり考えていません。

考えちゃうと、そればっかり考えちゃって不安になっちゃうし、時間の無駄だと僕は思うので(;^_^A

なので、

「今、この瞬間にできることは何なのか?」
「眠る?起きる?」
「勉強できそう?無理そう?」

これだけ考えています。

僕個人の意見では、病気を受け入れたら視野が広がりました。

父の死から数えると約5年ほどかかりましたが、頭の隅っこの箪笥の引き出しに、ようやく収めることができました。

「無理に治そうとしない。治る時は、勝手に治るもの。」

と思っています。

そして、これも一つの経験なのだという事。

経験はいつか役に立つ時が来る。

そう思って、前を向いて過ごしています。

過去は全て経験値だと。

できるだけ焦らず一歩ずつ、前に進めていけたらあいいと思いながら、現在過ごしています。

のこバァ
大きな進歩じゃ。
のこジィ
“経験”は何事にも変えられない財産じゃからのぉ。ふぉっふぉ。

2. どんな精神・発達障害を抱えていますか?

「適応障害・抑うつ状態」という診断名を受けています。

抑うつ状態は現在、安定した低空飛行の状態です。

落ちるときは、落ちます。

因みに適応障害とは何かというお話は以下のものになります。

適応障害とは、ICD-10(世界保健機構の診断ガイドライン)によると「ストレス因により引き起こされる情緒面や行動面の症状で、社会的機能が著しく障害されている状態」と定義されています。
ストレスとは「重大な生活上の変化やストレスに満ちた生活上の出来事」です。ストレス因は、個人レベルから災害など地域社会を巻き込むようなレベルまで様々です。
また、ある人はストレスに感じることがほかの人はそうでなかったりと、個人のストレスに対する感じ方や耐性も大きな影響を及ぼします。つまり適応障害とは、ある生活の変化や出来事がその人にとって重大で、普段の生活がおくれないほど抑うつ気分、不安や心配が強く、それが明らかに正常の範囲を逸脱している状態といえます。
さらに、ICD-10の診断ガイドラインを見ると、「発症は通常生活の変化やストレス性の出来事が生じて1カ月以内であり、ストレスが終結してから6カ月以上症状が持続することはない」とされています。ただしストレスが慢性的に存在する場合は症状も慢性に経過します。
もうひとつ重要な点は、ほかの病気が除外される必要があります。統合失調症、うつ病などの気分障害や不安障害などの診断基準を満たす場合はこちらの診断が優先されることになります。
いったいどれくらいの人が適応障害になっているかというと、ヨーロッパでの報告によると、一般的には人口の1%といわれています。日本での末期がん患者の適応障害有病率の調査では、16.3%といわれています。
しかし適応障害と診断されても、5年後には40%以上の人がうつ病などの診断名に変更されています。つまり、適応障害は実はその後の重篤な病気の前段階の可能性もあるといえます。

引用元:厚生労働省 みんなのメンタルヘルス 適応障害とは?

 2.1. いつから精神・発達障害を抱えているのか?

適応障害・抑うつ状態に関して言えば、診断されたのは2017年の10月ごろでした。

症状が出始めたのは、振り返ってみると2017年9月の初めだったと思います。

 2.2. どのような症状?

僕の場合、診断される前には以下のような症状が出始めました。

  • 休日は15時間オーバー寝る
  • 夜にフラーっとどこかに出かけたくなる
  • 片づけられなくなる
  • シャワーを浴びるのが億劫になる

え?普通にありそうじゃない?
と思いますよね。

これが、サインだったと思っています。

のこ太
“いつもと違う”が大きなサインだったりするよね!
のこパパ
そうだな。いつも出来てたことが出来なくなったりするもんな。

限界状態で現れた症状は、

  • 相手が何を言っているのか理解できないほど、脳が働かない
  • 食べようとする意欲がわかない
  • 家に帰ってから、なぜか涙が出てくる
  • 逆に眠れなくなる
    (眠るのが怖くなる)
  • 声がどんどん出なくなっていく
    (食べれないので)
  • 痩せていく
    (食べれないので。1カ月で-6kg)
  • 何が不安か分からないけど、いいしれぬ不安感に襲われる

こういったものが、現れました。

休職してからは、以下のような状態になりました。

  • 何も楽しめなくなる
  • やりたいことがあっても何故かできない
  • 気分は常に最下層
    (感情が無くなったような感じ)
  • 笑えない
  • とにかく眠い

そして現在では、

  • 頭がボーっとする
  • 常に眠気との闘い
  • 気分は低空飛行
  • 友人に会いたいと思っても、いざその日が近づくと体調が悪くなることも
  • 調子が良くて友人に会った次の日は、必ず布団から動けないほど疲れる
    (その時は楽しい。あとから疲れが来るような感覚)
  • やる気がフッと消えて、それが数カ月続く
  • 本が読めない
    (紙媒体がダメ。電子書籍は読める。我ながら不思議)
  • 気圧変動に弱くなる
    (低気圧はみんなの敵!)
  • 頭痛

と、このような症状が僕の中ではあります。

適応障害によるものか、抑うつ状態によるものかは、はっきりしていません。

3. 精神・発達障害でこれまで大変だった事

診断を受けてから一貫して言えるのは、

自分自身の身体をコントロールできなくなった

ことです。

診断を受けて実家に戻った当初は、食べることがまだあまりできなかったため、お風呂に入ったら倒れました。

その後も、お風呂に入ることのハードルは高いです。

そして現在でも、頭が思うように働かないことや、やりたいことがなかなかできない日が続いているのが歯がゆいです。

4. 今現在どんな治療を行なっている?

2週間に1度、精神科に通院しています。

自宅にて服薬治療をしています。

5. わたしの日々の過ごし方

できるときは勉強してインプットして、ブログでアウトプットしています。

Twitterもアウトプットに役立っています。

また軽い運動として、お散歩もしています。(春は花粉症が…(´;ω;`) )

調子が良いときは、水泳やテニスをして、体を動かしています。

できないときは、素直に布団で寝る。

あとはボーっとする、Twitter眺める、YouTubeで動画観るといった、無理なくできることで過ごしています。

6. 今の目標

  1. 適応障害・抑うつ状態とうまく付き合っていくこと
  2. ビジネスを学び、収益を上げること
  3. コンサルティングをすること
  4. 生きづらさを感じている人たちのために、事業展開をすること
    (まつらさんは、僕の目標の人でもあります)

少しずつ、1歩1歩進めていけたらと思っています。

のこ太
目標に向かって、のこのこ進んでいこうね!

7. わたしにとって回復に役立ったと思う活動

人に会う事

これは、自分の中で大きく回復に役立ったと感じています。

療養していると、家の中にいることが多いと思います。

そのため、話す相手が家族だけで会ったり、主治医だけであったりと、かなり狭い範囲でのコミュニケーションになるからです。

もちろん、外に出るための体力回復という意味で、最初はずーっと寝ていました。

少しでも、誰かと話したいなと感じてきたら、回復してきているサインだと思います。

カウンセラーさんとお話しするというのも、僕は効果的だと感じました。

ただし、カウンセラーさんへの依存にはご注意を!

長い時間で自分のことについてかなり聞いてもらえるのですが、それが心地よくて依存してしまう人もいるそうです。
(知人のカウンセラー談)

また、zoomというアプリで、まつらさんや他の方々ともお話しできるので、試してみてはいかがでしょう?

のこバブちゃん
ばぶ!(広報ありがとう!)

8. 逆にわたしにとって病状を悪化させたと思う活動

短期間で人に会い過ぎた

はい、スケジューリングミスです(笑)

一気に詰め込み過ぎました。

友人や先輩、後輩と話すことは、大いに効果的だと思います。

ただ、体力的な問題を考えなかったので、あとで一気にガタが来ました。

自分の状態を客観的に見ることが大事だなぁと、感じた瞬間でもありました。

のこ助さん
回復期の無敵状態には注意だな!
のこ美ちゃん
無理は禁物ね!

9. こんな活動しています!

普段は療養しつつ、Twitter、ブログにて情報発信しています。

まだブログに関しては、形になっていないのでお見せできるのは先になりそうですm(__)m

僕が経験したこと・学んだことで、誰かの悩みが少しでも解決できたら幸いです。

療養しつつなので、なかなかスムーズには進んでいませんが、少しずつ進めていけたらぁと思います。

目標を持ちつつ、現状を見て、その日1日をどのように過ごすかを決めています。

のこママ
ブログ出来たら是非見せてね!
のこ太
楽しみにしてるよ!

10. 繋がろう!!

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

何か参考になることがあれば幸いです_(._.)_

 

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