「双極Ⅱ型障害の当事者そして治療者として生きる」by まつさく

みなさま、初めまして。

私は双極Ⅱ型障害を患う当事者であり、治療者でもある立場から、「双極精神科医・まつさく」として、主にTwitterでお役立つ情報~ネガティブな弱音を発信しています。

まつらさんから「晴れのこのライフスタイルページを書いてみないか」と、お話をいただき、自分と病気についてを振り返るいい機会でもあると感じ、やらせていただくことにしました。

このような機会をつくっていただき感謝しております。

のこ太
まつさく先生よろしくね!僕はのこ太だよ!
のこ美ちゃん
お医者さんの体験談!とっても気になるわね!

1. 私の人生

周囲は田んぼでお隣さんの無い、兼業農家の田舎で育ちました。

小中学校は自宅の立地のせいもあり、近くに同級生がおらず、帰宅後や休日は1人で遊ぶことが多かったです。

絵を描いたり、工作をしたり、本(マンガ含む)を読むのが好きでした。

成績は田舎の公立校ということもあり、その中では優秀な方でした。

体育は全然ダメでした。

近視のせいもあり、バレーボールの授業では顔面でレシーブをしたり、水泳の授業ではクロールがまともにできず、傍目からは溺れているとしか思えない動きをしていました。

高校はこれまた自宅近くの公立校へ進学しました。

一応進学校で、課題や小テストなどが多く、それなりに大変でした。

ここでもそこそこ優秀な成績で3年間を過ごしました。

小学校からですが、先生の前では優等生のフリをし「〇〇くんが掃除をサボって遊んでいます!」などとチクるタイプでした。
(やなやつ)

現役の大学受験時は、勉強に身が入らず、当然のごとく不合格でした。

1浪時に1人暮らしをして予備校に通うも、前半は3回しか出席せず、何をして過ごしていたのか自分でも謎です。

学費を出してくれていた親には本当に申し訳ないです。

7万円ほどの夏期講習に申し込むも、それも全く行きませんでした。

現夫とはこの予備校で知り合い、数か月ほど交流がありました。

1浪時の9月になり、これはいよいよヤバイと思い、薄っぺらいプライドが頭をもたげ、睡眠と食事以外の時間はすべて勉強に費やす日々となりました。

その甲斐あって、何とか某国立医学部に入学できました。

大学入学後は気分の変動が少しずつ目立つようになりました。
(この後で詳しく書きます)

家族については病気の背景として色々ありましたが、家族の了承を得ておりませんのでここでは割愛します。

のこ蔵さん
田舎育ち…浪人生活…わたすと同じではないですか!
のこ助さん
のこ蔵さん!そろそろ試験だぞ!?合いの手入れてる場合かぃ?
のこ蔵さん
…頭の痛い話はやめてくだせぇのこ助さん

2. どんな精神障害を抱えていますか?

冒頭でも書きましたが、「双極Ⅱ型障害」です。

双極性障害の、躁状態がそこまで激しくなく、軽躁状態にとどまるタイプです。

 2.1. いつから精神・発達障害を抱えているのか?

振り返れば大学時代(10代後半)から怪しかったですが、当時は気づきませんでした。

高校時代は生徒会長をしたり、必要な勉強はしていましたが、空き時間はほぼマンガを読んで過ごし、友人との交流に乏しかった私。

大学に入ると、国内外の医学生間の交流に励んだり、国内外の旅行もよく行き、運転免許をとってからはスピード狂の危険運転(一発免停となったことも)、遠方へも何時間も運転して行くなど、周期的に過活動となっていました。

被服費やレジャー費、美容費など、多額の出費をすることもしばしばで、奨学金を使いこんで、親には内緒の浪費をしていました。

深刻なトラブルになることはありませんでしたが、人間関係を周期的にこじらせたりもしていました。

過食(嘔吐なし、神経性大食症に近かったかな)に悩み、メンタルクリニックへの通院はしていましたが、治療を必要とするほどのうつ状態は大学時代にはありませんでした。

これは気分変動とは直接関係ありませんが、不安・緊張の強さから周囲にたくさん人がいる講義室にいることがつらく、試験以外はあまり出席できていませんでした。

明確に何度、軽躁的なエピソード、抑うつ的なエピソードがあったかは記録もしていなかったので分かりませんが、活動量、対人交流、食事量(体重)に波があったことは間違いありません。

大学を卒業し、国家試験にパスし、無事に研修医になれた後、しばらくは安定して順調に研修を行っていました。

話は変わりますが、2年の研修医生活はメンタルヘルスの面からはなかなかハードなんです。

一般的には多数の診療科を数か月おきに回るのですが、その度に接する上司が変わり、日常の業務もガラリと変わります。

研修先に診療科がそろっていない場合は、一時的に他の病院に行くこともあります。
(病院によってはもっと絞られた診療科の数で研修を終えられる場合もあり)

その都度、うまく適応できるかというハードルがあります。

適応障害などで休職する研修医もけっこういます。
(そのままドロップアウトする人まで)

のこパパ
研修医って大変なんだよなぁ…のこパパの友達も苦労してたな。

私の場合も、コロコロ変わる日常業務に加え、当直業務の緊張や生活リズムの乱れが少しずつ精神をむしばんでいたのかもしれません。

最終的にはハードな外科の研修を終えた後、他の病院での小児科の研修に入りましたが、数日もしないうちにめまい、吐き気が出現し、病棟で立っていることもできなくなりました。

耳鼻科を受診するも、異常なしの結果。

その後も状態は悪化し、出勤できなくなり、休職となりました。

その辺から記憶があいまいなのですが、3か月ほど1人暮らしの部屋に引きこもって過ごし、その後3か月ほどは実家で寝込んでいました。

休職のため、研修期間は規定の期間を超えてしまい、復職を試すも、なんとか行ける日は行くもののまともに出勤できませんでした。

その期間中、どのタイミングか忘れましたが、抗うつ薬を飲み始めました。

2週間もしないうちにすごく元気が出てきて、私は今までの分を取り戻そうと、週に3回も当直業務に入ることを自ら申し出て、はりきって再スタートしたのですが、すぐにその生活は破たんし、引きこもりの生活になってしまいました。

このときは抗うつ薬に反応したと思われますが、明らかに軽躁状態となっていました。

その後は、うつ状態を引きずったまま過ごし、なんとか日数が足りた時点で研修は終了となりました。

大学の精神科の医局に一時的に属させていただきましたが、図書室出勤の状態でした。

のこママ
仕事もメンタル的にもハードな時期だったのね…

そんな中、今の夫が9年ぶりに連絡をくれ、再会。

自分の中では人生のどん底だった当時。

何かにすがるような気持ちもあったと思います。

現夫に「結婚してほしい」と要求し、再会後9日目に入籍しました。

その後、夫の地元である今の土地に移り、新生活が始まるも、最低限の家事だけして、ほとんど閉居して過ごしました。

少し元気なときに、病気のことは伏せて次の勤務先を何とか決めたのですが、仕事ができるか不安でこわくて、毎晩泣いていました。

勤務が始まってから3年くらいは、緊張も不安も強く、出勤すること自体大変でした。

仕事上、やらねばならないことを何とかやり、帰宅しては過食する日々でした。

しかし、振り返ると、少し調子のいい時期が定期的にあり、その時期はブログを毎日更新し、優待株の投資にハマるなどお金のことに興味が湧いていました。常勤の仕事以外に非常勤勤務も探し、週6日働き、月に当直を7~8コマやっていた時期もありました。

今思えば、「ブログ」は気分変動の分かりやすい指標で、書けないときは本当に書けないんですね。

そして数か月単位で放置。

また書き始めて数か月は毎日更新。

という具合でした。

今年も7月にブログを引っ越しし、10月までは更新履歴あり。その後放置となっています。

我ながら分かりやすいです。。

のこ美ちゃん
みんな何かしらサインがあるのね!
のこ太
先生の場合、ブログが自分の状態を確認できる指標だったんだね!
のこジィ
のこ太や。「ぶろぐ」ってなにかのう?

 2.2. どのような症状?

軽躁状態では、気分の高揚、爽快感、よくしゃべる、アイデアがどんどん湧いてくる、なんでもできる気がする、誇大的な構想を語り出す、睡眠時間の短縮(5時間ほど寝るのでマシな方)、普段はつらいPMSの症状を感じなくなる、ブログを集中して更新する、食事量が減る(食欲コントロールが可能)、人に対して意見を強く言う、人の助言を受け入れなくなる、などです。

2018年春~夏にかけては、分かりやすく、クリニック開業の構想(たくさんの施設やレストランを併設する大構想)と、とある投資話に1億円借金する決意をして会社を設立などしました。
(作ってしまった会社は解散手続き中です)

うつ状態では、気分の落ち込み、意欲低下、自信の喪失、将来への悲観、楽しみの喪失、活動量の低下、引きこもり傾向、仕事がはかどらない、ささいなことで泣きそうになる、過眠(8時間以上寝る)、対人交流の回避、過食(おなかが苦しくても食べ続ける)、励ましの言葉も悪くとらえる、などです。

研修医時代のうつが一番ひどかったです。それ以降はそこまで落ち切らず、長期間にも及びません。少なくとも、朝起きて仕事には行ける状態です。

私の場合、「仕事ができている」ことが自尊心の多くを占めるため、うつ状態でエネルギーが低下してもそのほとんどを「仕事」に振り分けることで何とかこなせてこれたと感じます。
(その間、人付き合いや家のことは放置、夫に泣き言満開になりますが)

のこパパ
症状の表現がわかりやすいなぁ
のこママ
1億の話はすごいわね…

3. 精神・発達障害でこれまで大変だった事

現在の勤務先に勤め始めた頃は「出勤すること」自体が大変でした。

次に、医師としての仕事をまっとうすることがかなりのプレッシャーでした。

とくに多数の人がいる中で意見を取りまとめ、方向性を自身が主導して決めていくカンファレンスは重荷でした。

対人緊張と不安、病気の前に知り合った人と顔をあわせたくない一心で学会への参加などを回避してきてしまったことも残念でした。

「まともな医者」になれなかったことが、いつも頭をよぎり、でもこの仕事しかできないため、しがみつくしかありませんでした。

子どもを持つことについての葛藤、産後のメンタル不調、ストレスの矛先が夫に向かい、夫も一時期病んでいました。

回避できない最低限のママ友付き合いも、慣れるまでの間は大変でした。

食行動の変化から、体重の増減があり、そのコントロールが今も大変です。

のこ太
パワフルに見える先生も、たくさんのツラさがあったんだね。

4. 今現在どんな治療を行なっている?

標準的な継続的な薬物治療と精神療法です。

5. わたしの日々の過ごし方

週4~5日は仕事、休日は夫と子どもと、子ども中心の過ごし方をしています。

休日でも変わらず、6時過ぎには起きて、普段通りの生活リズムを崩しません。

子どものおかげで、休日でも必ず半日は外出して過ごしてます。

遊びに付き合うことで、運動量も以前に比べるとアップしています。

家事は最低限を担当し、夕食づくりなど、私が苦手とする分野は夫が担ってくれています。

最近は空き時間や夫が子どもと遊んでくれている間に本を読み勉強しています。

のこママ
家事は旦那様と分業しているのね!
そうだ!のこパパ!明日は料理お願いね!
のこパパ
のこママ!カレーでいいかな?
のこバブちゃん
ばぶっ!ばぶっ!(甘口にしてね!)

6. 今の目標

①体調管理と、メンタル状態の客観視、家族にも意見をもらうことで、気分の波をコントロールし、通常気分でいられる期間を増やすこと。

②うつ状態の時期にも無理のない範囲でできることはやり、うつ状態の底上げをすること。

③空き時間は勉強や情報発信に費やし、精神科医として堂々と生きられるようにすること。

④子どもが小さいうちはその成長を見守り、声掛け、スキンシップなどを十分に行うこと。

今の目標としてはこんな感じですね。

のこ太
先生が目標とすることは参考になるね!
のこ美ちゃん
先生!情報発信で無理しすぎないでね!

7. わたしにとって回復に役立ったと思う活動

病気について、対処行動について、学び、知ったこと。

同じ病気に悩む人のブログなどを読み、リアルでは共有が難しい苦悩に共感したこと。

当事者会に参加したこと。

のこ太
当事者同士の繋がりってやっぱり大切なのかもね!
のこ助さん
リアルでは共有が難しい苦悩に共感したこと…深いなぁ

8.逆にわたしにとって病状を悪化させたと思う活動

産前に比較的落ち着いていたため、治療を中断し、しばらくなんともなかったので「治った」「あれは一時的な不調だった」と考えていたこと。

軽躁時に活動時間を増やすために睡眠時間を削ったこと。

軽躁時に私の無茶な行動を制止する母親の意見を素直に受け入れられず、感情的になり、行動がエスカレートしたこと。

のこバァ
軽躁時あるあるかもしれんのう…

9. こんな活動しています!

精神科医として、目の前の患者さんが少しでも良くなるよう、治療にあたっています。

精神科医として働きだしてから今まで、

「抑うつ状態~よくても仕事に行くだけでやっと」

の生活をしてきたので、改めて精神疾患と、その治療や予防について勉強を始めました。

加えて、ささやかではありますが、情報発信も始めています。

病気の人にも、そうでない人にも、精神疾患の色々を知ってもらいたい。

知識があれば、「精神疾患の予防」と「万が一の場合にはできるだけ早期の治療」ができます。

それが、病気で悩む人を一人でも減らすことができると思い、ぼちぼちと活動しています。

ブログ:双極精神科医まつさくの処方箋

10. 繋がろう!!

私とつながれる場所は主にTwitterです。

Twitter:双極精神科医まつさく(@sakura_tnh)

全ての方にご返信はできていませんが、御用の際はDMで承ります。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

今後、お会いする機会などあれば、どうぞよろしくお願いいたします(*^_^*)

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