「沈んで、沈んで、どん底からゆるやかに浮上へ」byめいしゃん

はじめまして、めいしゃんです。
精神の病気とは長い付き合いになります。
今通っているクリニックでの病名は、
・パニック障害
・うつ病(ただし双極性障害2型である可能性が限りなく高い)
・社交不安障害
・全般性不安障害
で、治療は「うつ病」について行っています。

のこ太
めいしゃんさんよろしくね‼
のこ婆
病名がたくさんあるのねぇ
苦労してきたのがわかるわぁ

1. わたしの人生

小さいころから物怖じや人見知りをせず、明るい性格で誰とでもすぐ打ち解けられる一方、気持ちの通じ合う友達関係は築けませんでした。
幼稚園・小学校は地元で通っていましたが、親の強い薦めで中学・高校は私学に行きました。
その頃までは、同じくらいの年齢の子たちより大人と話したりする方が楽でした。
ただ、どこかで「本当の自分」と「見せている自分」との隔たりを感じていました。

のこパパ
ずいぶん大人びた子供だったんだな
のこママ
その反面他人に甘えることができなくなってしまったのね

1.1.幼少期

父が自営業をしていたため、1歳くらいから自宅兼店舗で暮らしていました。
母も父を手伝っていたため、両親ともに忙しかったです。
3歳のころ妹が生まれるときに、誰も私の面倒が見れないということで、1か月ほど親戚の家に預けられたことがありました。
叔母の話では、
「寂しいのを我慢して、泣かなかったし『寂しい』と言ったこともなかった」
と聞いていますが、覚えていません。
どうもそのころには自分の本当の気持ちは誰にも言わないようになっていたのだな、と今では思います。

のこバブ
まだ3歳なのにみんなのことを考えて我慢するなんて偉いバブ‼
のこ美
でも本人にはストレスがたまってたようね…
この性格がのちのちあだになってしまうのかしら❓

1.2.幼稚園~大学時代

幼稚園の時に交通事故に遭い、複雑骨折で入院をしました。

のこ蔵
な、なんと⁉

知らない人の中で昼も夜も集団生活をしたはじめてのできごとでした。
親戚の家に預けられるのとは違い、家族が面会に来てくれる時以外は甘えられる人もいなかったので、たぶん寂しかったと思うのですが、このときの感情もよく覚えていません。

のこ蔵
ご無事でなによりですなぁ
感情を抑えすぎて記憶にも残っていないようですな💧

小学校5年生の時に、中学受験のために塾に入りました。
それが無意識のうちにだんだん負担になってきたのか、このころから体調をよく崩し学校を休みがちになりました。
中学校に入ってからも体調は不安定な状態が続きましたが、どこの病院で診てもらっても原因はわかりませんでした。
家にいても、学校にいても、居場所がないように感じる日々でした。
恐らくこの頃には、すでにうつ傾向があったのだと思います。

のこ爺
とうとう体調に異常が出てきてしまったようじゃのぅ

ただでさえしょっちゅう学校を休んでいたのに、さらにひどいのは、小学校6年生の秋から大学2年生のころまで、ほぼ毎年1か月から2か月ほど入院していたことです。
膝の手術のためでしたが、そういうわけで、私の学生時代はどこをとってもほぼ「出席日数ギリギリ」でした。
大学時代にはやむを得ず2回休学したので、同級生とも違う学年になってしまいました。

のこ蔵
同級生と学年がずれてしまうというのは辛いことですなぁ…

1.3.就職、即、離職

ようやく大学を卒業し、めでたく就職もしたのですが、研修初日に過呼吸で倒れて救急車で病院に運ばれました。
その後も原因不明の発熱や過呼吸発作が何度も起き、とうとう会社に行けなくなりました。
そのころはようやく「心療内科」のある病院やクリニックがちらほら見られるようになった頃でした。
藁にも縋る思いで診察を受けたところ、「パニック障害」との診断が出ました。
入ったばかりの会社も辞めざるを得ませんでした。

のこ助
せっかく社会人デビューしたのに災難だったな‼
俺の元気を分けてやりたいぜ‼

1.4.パニック障害からうつ病へ

その後7年ほど通院治療をして、一度寛解しました。
しばらくは自営業を手伝い、父が自営業を辞めてからは派遣社員として事務職で働きました。
Wワークで個別指導塾の講師をしていた時期もありました。
仕事もバリバリ、趣味もバリバリ、セミナーや交流会などのイベントにも参加、と元気に動き回れているし、とても充実した日々を過ごしているように思えた2014年のある日。

のこ助
おお元気になったみたいで良かったじゃないか‼
のこ
い、いや…この流れは💧

突然、
「もう、何もかも放り出して逃げたい」
という強い気持ちが湧いてきました。

と同時に過呼吸発作が。
病気との付き合いが再開した瞬間でした。
ただ、今度は症状がだんだん悪化し、2016年にとうとう「うつ病」(ただし双極性障害2型である可能性が限りなく高い)になってしまいました。

のこ太
確かに双極症にちかいのかもね
ぼくもそうだったから辛い気持ちはよくわかるよ

1.5.どん底からゆるやかに浮上へ

2015年の秋、一緒に暮らしている両親が不在の時を狙って自殺未遂をしました。
その後すぐに措置入院となったのですが、今思うとそれが大きなプラスとなりました。
作業療法士さんから「認知行動療法」を紹介してもらったことで、自分の考え方のクセがものすごく偏っていることにはじめて気がつけたからです。

のこ婆
生きててよかったわぁ
療法士さんが気づかせてくれたのね

それからは心理関係の本を読んだり、認知行動療法について調べたりして、病気や自分の考え方をフラットにできる方法についての知識を深めていきました。
現在もまだまだ気分の波は大きいですが、それでも以前に比べるとエネルギーの消耗が少なくなった気がします。
そして、これも大きな変化だと思いますが、自分の本当の気持ちや思いを話せる相手が、少ないですが、できました。
今はその人たちに支えてもらいながら日々を過ごしています。

のこ美
悩みを話せる仲間ができたのね‼
大きな前進だわ💛
のこ助
ぼくたちも応援してるよ👍

2. どんな精神・発達障害を抱えていますか?

2.1. いつから精神・発達障害を抱えているのか?

初めて心療内科を受診したのは2001年。
一度寛解して2014年に再び「パニック障害」の診断を受けました。
「うつ病」をはじめ、冒頭で挙げた診断名がついたのは2016年です。

2.2. どのような症状?

気持ちが不安定になると、体にいろんな症状が出ます。
胸が痛くなったり、息がしづらくなったり、頭痛・吐き気・胃痛、手足のしびれ・・・
また、そわそわと落ち着きがなくなって家を飛び出したくなったりすることも多いです。
軽躁の疑いと思われる時は、とにかくスケジュールを詰められるだけ詰めて動き回っていました。
あれもこれもと手を出した挙句収拾がつかなくなって、それがまた落ち込みの原因になりました。
ただ、金銭的・人間関係的なトラブルには発展しなかったのは、唯一の救いかなと思います。

のこママ
金銭と人間関係の問題はあとに大きく響くものね…

3. 精神・発達障害でこれまで大変だった事

いろいろありますが、自殺未遂をしたことがやはり一番大変だったことです。

4. 今現在どんな治療を行なっている?

薬物療法と、カウンセリングを受けています。
現在は2週間に1度のペースでの通院・カウンセリングですが、今後は週に1度になるかもしれません。

5. わたしの日々の過ごし方

日中は就労移行支援事業所に通って、資格の勉強をしています。
家にいるときは、散歩(ちょっと早歩き)をしたり、読書をしたり、クロスステッチをしたりして過ごしています。
読書は、小説や心理関係の本を中心に読んでいます。

のこパパ
読書か❗️いい趣味をお持ちだね

6. 今の目標

まずは週5日就労移行支援事業所に通えるようになること。
ゆくゆくは就職して、一人暮らしをできるようになりたいなと思っています。

7. わたしにとって回復に役立ったと思う活動

自分の病気についてや心理関係の本を読むことで、正しい知識を得たこと。
そして、就労移行支援事業所で精神障害を持つ人たちと、いろんな体験や悩みについて共有できたことも、「自分ひとりが抱えている問題じゃないんだ」という気づきがあり、
励みになっています。

のこバブ
病気の知識を身につけるのは大事バブね❗️
のこ太
悩んでいるのは自分一人じゃない…みんなで一緒に乗り越えていこうね❗️

8. こんな活動しています!

2018年の10月、仲間と双極性障害当事者のためのコミュニティ「関西双極フレンズ当事者会」を立ち上げました。
詳細は下記のブログをご覧ください。

9.繋がろう!!

Twitter:
ブログ:関西双極フレンズ当事者会

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