「その時その時をせいいっぱい」 by 憂いを帯びたチチパット

みなさんこんにちは(*´ω`*)
憂いを帯びたチチパットと申します。
わたしは『統合失調感情障害』と『身体表現性障害』という病名をもつ精神障害当事者です。

のこ太くん
チチパットさんよろしくね!!☆

 

現在は病状を安定させるために、自宅療養中です。
大好きな夫(健常者)と2人でこっそり愉快に、時に殺伐としながら暮らしております。

統合失調感情障害、身体表現性障害という病名ですが、
なじみのない病名だなと感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

統合失調感情障害は統合失調症の症状と気分障害(うつ状態や躁状態)の症状の両方が現れる場合の病名のようです。
もとの診断名は統合失調症でしたが今年に入って病名がこの病名に変更されました。

身体表現性障害は私の場合、上半身のいろんなところが痛くなったりこわばったりしてしまいます。
検査などをしても身体的な病気がなく、外的または内的なストレスによって身体の不調をきたしていると判断されたときに付けられる病名のようです。

今回晴れのこでライフスタイルページを書く機会をいただき、
病気も含めて私のことを知っていただけるのをとてもうれしく思ってます(*´ω`*)
あ!わたしと同じだ!とか思えてもらったり、誰かの参考になったらいいな、こんな人間もいるんだなって知っていただければいいな。
そう思いながら一生懸命書きました。

のこ美ちゃん
一生懸命書いてくれて嬉しいわ☆!!

だがしかし!仕上がりがめっちゃ長くなってしまいました(*_*)
お茶を片手にでも読んでいただけたらうれしいです。
飛び飛びで読んでいただいてもよいですよ!(^^)!

1. チチパットのこれまで

家族構成と習い事

姉、兄と共に節分ををエンジョイするチチパット

1984年の冬、私は誕生しました。
家族構成はめちゃくちゃ私に優しい穏やかな父、ちょいしつけが厳しめな母、優しくて凶暴な姉と兄、そして私の5人家族です。

のこママ
素敵なご家族だわ♡

こちらの写真、赤鬼(怖くないほう)が姉、赤鬼(怖い顔のほう)が兄、青鬼が私です。兄のお面だけが写実的で恐ろしい形相なのがいいですよね!
私はぶりっこな恥ずかしがりやで泣き虫の末っ子気質のぬいぐるみをこよなく愛するメルヘン女子だったようです。ぬいぐるみを愛しすぎるあまり、通っていた幼稚園に置いてあるぬいぐるみたちに叩いたり意地悪なことをするとぬいぐるみが涙(透明な液体)を流し、かわいそうになり私も泣く、という一見ホラーな確固たる記憶が残っています。

のこパパ
とっても感情豊かな女の子だったんだね!

同じ幼稚園に通っていた友達に、「ぬいぐるみたち泣いてたよねぇ?」と聞いても、まったく記憶にないそうなので私の中だけの記憶のようで不思議だなぁと思ってます。

ピアノの発表会本番、緊張を隠せない幼き頃のチチパット

幼少期はピアノ(週二回)、書道、英語の教室に通いつつ、自宅では母が調達した国語や算数といった学習教材のノルマをこなして小忙しく生きてました。通っていたピアノ教室の講師は怒るとめちゃめちゃ恐くて、練習が不十分なままレッスンに行くとでかい声で怒鳴られ、手をはたかれたり背中を激しく叩かれたり…今だったら大問題となるほどの体罰指導でしょっちゅう泣かされていました。

のこジィ
昔の指導はやはり体罰が多かったんじゃなぁ〜 そういえばワシも良く先生に殴られたわい…..

レッスンに向かう道中、事故に遭って手を怪我してピアノ通わなくてもよくなりたいなぁーと本気で思ってました。
ピアノに対する気持ちはほぼ悲しくつらいものしか残っておらず、私の人格形成に大きな影響をもたらしていると思います。

のこ助さん
体罰があった厳しく怒られたりして辛い思いをしながら頑張ったんだね!すごいよ⭐️
のこ太くん
僕は嫌な事柄逃げてしまう癖があるから見習わないと!!!

中学~高校時代

中学に入った頃、母が何かを悟ったのか突然教育熱心じゃなくなり、かわいいおっちょこちょいママへと変貌を遂げました。なので私も遊びに勉強に、自由を謳歌しました。恐怖のピアノレッスンは中学進学時にやめました。大人になった今でも仲良くしてくれる友人たちにも出会え、特に中3の頃は仲良しグループ内で少年ギャグマンガの『すごいよ!!マサルさん!』が遅咲きの大ブームとなり、毎日みんなでシュールギャグを連発し合い大爆笑してました。私の笑いに対する嗜好はこの頃に培われたといっても過言ではありません。

のこ太くん
皆でギャグを言い合うなんてとっても楽しそうだね☆!!僕も仲間にはいりたいな!!

高校時代はダンス部に入部。ダンスに情熱を注ぎまくってました。大会ではゾンビになって踊ったり、文化祭では他人から見られることを恥じらいながらも激しく踊り狂ったり筋トレも音楽に合わせてやればきつくなくて腹が縦に割れました。自分の心を身体で表現できることがとてつもなく喜びでした。

のこ美ちゃん
学生時代に打ち込めることがあるのは素晴らしいわ!!

大学進学

高校卒業後は大学へ進学。専攻は日本語学です。
もともと根暗だった性格が、入学後から一層おもてに出てくるようになりました。
友達を作ろうとしなくなり、利用していた電車の視線や会話音、通勤ラッシュが苦痛で休みがちに。
一方バイト先の飲食店では働くことが楽しすぎでシフトを入れまくり…余計大学に通いたくなくなるという悪循環でした。

のこ蔵さん
働くことが楽しいのは素敵なことですぞ!!!羨ましいですな☆☆

大学内のダンスサークルに入ったものの、某異国のよろ〇び組のような振付のダンスを叩き込まれ、江頭2:50さんのようなぴちぴちスパッツに網網のストールを腰に巻いた衣装を身にまとい人前で踊ったことをきっかけに脱退。あんなに愛していたダンスだったのに、いとも簡単におさらばしたのでした。

就活ドロップアウト ~初の精神科受診~

就活シーズン、私も当初は就活を頑張ろうと意気込んでいました。しかし面接での緊張感がどんどん私を疲弊させていきました。緊張がハンパなく、心臓が口から出ちゃうんではないかというくらい激しい動悸、息を吸っても吸っても苦しい感覚が繰り返し起こりました。ある企業で1対1の面接中、私が話している最中に面接官が携帯電話をいじりだしたところでぷつっと糸が切れました。帰り道、頭の中で「もうだめだもうだめだもうだめだ…」という声を聞きながら、帰宅。そこから3日3晩、布団の中で飲まず食わずのままひきこもりました。

のこママ
就活というプレッシャーが相当あったのね💧

その後どうやって就活をしていけばいいのか、まったく考えられなくなりました。就活しなきゃしなきゃ…もっと強い気持ちを持たなきゃ…。そう思っていてもどうしてもスーツが着られない。エントリーシートを作成する段階で動悸が激しくなり、横にならないとしんどいことが増えていきました。
だめにんげん、だめにんげん。親に大学まで行かせてもらえたのに就職しないなんて、なんてわたしはだめにんげん…。いなくなってしまえばいいのにねぇだめにんげん。頭の中はこんな気持ちでぎゅうぎゅうだったように思います。

のこ助さん
やろうと思っても出来ないってホントに辛いよね💧

その頃から毎日頭痛が出るようになり、市販の痛み止めを飲んでも効かず、一日に何度も服用するようになり…。食欲が減った意識はないにもかかわらず体重が大幅に減っていきました。
私がだいぶ痩せてしまったことに心配した母と一緒に、最初は神経内科を受診。頭部レントゲン、MRIの検査で異常がなかったのでその後精神科へとつながりました。

当時訴えていたのは頭が膨張するような頭痛と不安感。そして斜め上から”冷静な自分”が私を見て嘲笑っているような感覚、電車などで他人が笑っていると自分が笑われている感じがする、といったことだったと思います。

最初の診断は「気分障害」。当時の主治医曰く、「あなたはうつだと思ってるかもだけど、頭の中がマグマみたいにフル稼働しているから躁状態なのよ。それで頭がマグマでいっぱいになって張り詰めた頭痛がするのよ」。診断名がついて以降、両親は就活について私に言及するのをやめました。結果わたしは就職活動からドロップアウトすることになりました。

大学卒業できた!!無気力時代突入!!

学内では一匹狼を気取ってはいましたが、そんなイタイ私にも優しく話しかけてくれるエンジェルちゃんのような友人たちも少数いて、とても感謝しまくっていました。
今もたまに会ってくれるヴィーナスちゃんたちもいます。ほんとヴィーナスちゃんたちのやさしさはハンパないと思ってます。
そして入ったゼミの担当教授と出会えたというのも大切な出来事でした。

のこ美ちゃん
人との出会いってとっても大切ね!!

在学中、何度か大学に進学した意味を考え思い悩むことがありました。
「こんなにサボりがちでなんで大学に入ったんだろう。大学にいる意味なんてないんじゃないかな。」
当時はそんなことを思っていましたが、今は学内の友人や教授に出会うために大学に入ったんだと心から思っています。

ゼミ担当の教授は、勉強や勉強以外のことも気軽に相談に乗ってくれて、卒業後も気にかけて連絡くれたり会ってくれたりもして、私の病の話も穏やかに聞いてくれて、いつも決して私を否定せず、優しいトーンで素敵なお話をしてくれました。先生は今から数年前に天国へ行かれましたが、先生とのメールのやり取りを今でも大切に保存しています。たまにそのメールたちを読み返して、心をぽかぽかあったかにさせてもらっています。

のこバァ
ほんとに素敵な恩師に出会えてよかったのぉ〜

そんな素敵な先生の指導もあり、卒論をなんとか提出し大学を卒業することができました。そして卒業後1年間はフリーターとして貯金を始めます。某資格を取るために専門学校入学資金にしたかったからです。

そして気持ちが上向きの波に乗り出した途端、バイトを掛け持ち、今思うとかなり無理のある働き方で暴走し始めます。12時~21時は一つ目の職場レストランのホールで働いたあと、23時~翌朝5:00は居酒屋ホールで働く日も多く、仕事を入れない日なんてなくてもいいんだ!いっぱい働かなきゃだめだ!…と忙しいけど楽しくご機嫌をキープして愉快に働いていました。

のこ太くん
すっごい頑張ったんだね 😅

一方、当時のパートナーとのいざこざでお薬を多量服用してしまい、母にタクシーで救急外来へ連れていかれた出来事により、当時の主治医にめっっちゃ鋭い蔑んだ視線で睨まれて転院が決定。転院後診断名が統合失調症と境界性人格障害に変わったようです。

その後無事専門学校には合格しましたが、入学直前に「もう薬飲まなくても大丈夫だ!」という謎の自己判断で断薬。
入学後即具合が悪化して休学→退学となりました。この流れ、今後私のテッパンとなります。
その後2年間は感情鈍磨な無気力無職ニート生活に突入です。

ニートから這い上がりたい・・・!

ニートだったころの記憶があまりありません。ほぼほぼ横になってました。覚醒していたくないので昼夜問わず睡眠導入剤を飲んでむりやり寝まくっていました。感情の起伏がなく、感動的な映画を見てもうるっともしませんでした。好きだった読書ができなくなりました。貯金を崩して煙草を買っていました。自分はこれからどうなるのか不安。自分を嫌悪しながら、就職して頑張っている友人を羨ましく思っていました。

のこ太くん
記憶が無くなる程つらかったんだね 💧

そんな中、我が家にこの子がやってきました。

くぅーーぅん。

我が家にトイプードルのおんなのこがやってきました(*´ω`*)
優しくて正義感がつよいおりこうな美女です。
彼女が少しずつ私を現実世界に引き戻してくれました。おさんぽに連れ出してくれたし、もっふもっふですし、愛情たっぷりだし優しいし遊んでくれるし美人だし。

のこママ
とっても可愛いワンちゃんだわ♡

「チチちゃん、いいんだよ、みんなそれぞれ、そのときのせいいっぱいを生きているんだからいいんだよ」
わんこがそう言ってくれているような気がすることが多々ありました。

お散歩などで少しずつ外出できるようになり、気力もだんだんと出てくるようになりました。同じタイミングでようやく自分に合うお薬が決まったのも要因だったと思います。日雇いのバイトから訓練を始め、日雇い勤務に慣れたら次は長期バイトの求人に応募。無職期間が長かったので、アルバイトでも4社くらいは不採用。5社目にようやく採用され、某資格スクールで受付事務スタッフとして働くことが決まりました。

のこ美ちゃん
仕事が決まってよかったわ☆☆

ちょっとずつ這ってずるーんとすべりまた這っていきなり嫁ぐ

採用された職場で働き始めた頃は不安定な時も多く休みがちでした。それまでの2年間頭をほとんど使わないで生きてきたので当然物覚えがとても遅かったです。しかしゆっくりですが、だんだんお休みすることは減っていき、できることが増えていき、一所懸命働く楽しさを思い出していきました。

のこ太くん
チチパットさんは働くことが好きなんだね!
のこ美ちゃん
でも、よく出来すぎて頑張り過ぎてしまうのよね 💧

 

気が付くと約3年間が経過していました。もう少しステップアップできるかもしれない、と思い、転職活動を始め、運よくスムーズに某企業に契約社員として採用されたのでした。が!
結局転職して体調悪化、その後退職!また転職!というテッパンです。とにかくプレッシャーや環境変化に対するストレス耐性がとても低く、こんにゃくメンタルなのですね。。

当時の体調悪化時は、不眠やお化けの気配や、電車に乗ってると全く知らない人なのに「この人包丁持ってるんじゃないか。。」と疑いまくったり、母親がいるはずのない場所なのに「チチちゃん…」と話しかけてくる母の声がたまに聞こえる、息苦しい、パニック発作などで困ってました。

お化けの気配は本当に恐ろしくて、ドアの向こうにおばけいるかも~!といつも不安で、扉という扉を開けっぱなしにしていても怖くて仕方なかったです。
私の場合、妄想が進むと自分が世にも奇妙な物語の世界に迷い込んでいるかのような不気味な感覚になり怖くて混乱してしまいます。なかなかの気味悪さで今後この症状は出てこないといいなと今もびびっています。

その後の転職先は症状が落ち着き、カレンダー通りのフルタイム勤務で元気に働けていました。プレッシャーを感じすぎないように意識して働いていました。できぬものはできぬ、しょいすぎない!を心がけていました。

そんな中、職場でモノマネが上手な気さくなグルメボーイと出会いました。グルメボーイの影響で応援しだしたヤクルトスワローズがいきなりリーグ優勝したもんだからその勢いでお付き合いから1年も経たず2016年に結婚。

しかし結婚と同じタイミングで私が部署異動となり案の定体調悪化、退職。めそめそしていましたが金銭面で無職になるわけにはいかない、と思い自宅近くの会社なら無理ないかな、と考え、自宅からチャリで通える距離の会社で派遣社員として事務をすることになりました(ほんとに目まぐるしい…)。

 

神々しい雰囲気の中ピアノを演奏するチチパット

 

のこママ
ウエディングドレスでピアノを弾くなんて、なんて素敵なの♡♡

後に無事結婚式も行い、結婚式で主人は歌とギター(目立ちたがり屋)、それに合わせて私はピアノを弾きました。この時初めて、ピアノ習ってよかったなと思えました。幼少期の恨みつらみが半分成仏したように思いました。そして心配ばかりかけていた両親にこういう姿を見せられたことがとてもうれしかったです。

のこママ
小さい頃から、辛くても頑張ったピアノの成果をご両親の前で披露出来たのね☆ 素敵だわ♡

 

神々しい黄昏に酔いしれるチチパット

ちゃっかり新婚旅行も楽しんでました。王道のハワイでしたが、ハワイでよかったです。ハワイから帰国後、突然朝に早起きができるようになりました。ハワイのパワーをなめてました。
ハワイに住みたくてアメリカ永住権をどうにか取得できないかとググりまくりましたが99.9%無理だとわかりました。一番近い可能性は、「こどもを米国で産む」です。多分無理ですね(´・ω・`)

お仕事は順調に働けていると思っていました。一緒に働いている社員さんとの関係も良好で、派遣の私にいろんな体験をさせて下さり、ありがたく感じることも多くありました。しかし職場環境は上層部の偉い上司が部下に激怒して罵声を浴びせ、場の雰囲気が萎縮する機能不全的な部署でした。その上司も普段は穏やかですし、その方からいろんなことを学ばせてもらえてましたので、感謝しています。しかし一方でいつ怒鳴りゃしないかと心身ともに緊張状態臨戦態勢だったんだろうと思います。

痛みに苦しめられる日々

2016年末ごろから身体のいたる所に痛みを感じるようになりました。
症状は、耳がずきずき痛い→ピーゴーガー!といういまだかつてない耳鳴り→右あごが痛い→左あごが痛い→背中刺されるような痛み→首に謎のしこり→右手しびれる→右手ヒリヒリ→手が痛くて扉を片手で開けられない→頭痛がひどすぎて夜眠れない→まぶしいと激しい頭痛と眼痛が起こるので職場PCのディスプレイ見てるだけでもつらい、あごが痛いのでご飯が食べられなくなり体重激減、などです。

怖くなって総合病院で血液検査するも異常なし。首のレントゲンとMRI異常なし。総合病院ドクターが塩対応で医療に対する不信感増大。あごが痛いのでかみ合わせを見てもらいに歯医者に行っても問題なし。

のこ助さん
体に症状が出てるのに検査で異常が無いとでるのは、とっても不安なことだね 💧

症状が出始めた頃の精神状態は極端に悪くはありませんでした。しかし痛む場所ががコロコロ変わり、午前中は痛くなかったのに午後いきなり痛みだし、痛みがやっと治まってきたと思ったらまた同じところが痛む、を繰り返すごとにイライラや哀しみが増大していきました。
病院で検査しても異常なしと言われることにも「こんなに痛いのに。。」と悲しくなるので、新たに病院を探すのも怖くて、かかりつけの精神科で痛み用の処方をしてもらっていましたが効果はいまいちでした。

身体を締め付ける衣類も身に着けられなくなり、私のお名前の由来となったワイヤー入りのチチパットたちががタンスの肥やしとなり、引き出しを開けるたびに憂いを帯びているように見えました。
勤務中にいきなり下あごがしゃくれて前に出てきて、しゃくれを戻そうとしても痛くて戻せなくなったときはこの世の終わりかと思いました。

痛みのために精神科通院以外にも整体と鍼灸院にも通って出費がすこぶるかさみ、今後もずっとこの感じが死ぬまで付きまとうならもう死んじゃいたいなーと深刻なことを考えることも増え、その結果、主治医に「身体表現性障害」の診断名で就労不可の診断書をもらいました。
派遣先とは契約終了となりまたもや退職。2017年8月の終わりでした。

今現在

退職後、主治医に、やはり痛みの治療は痛みに詳しい病院で診てもらったほうがいいといわれ、疼痛治療に詳しい先生のいるクリニック(診断科は内科)を見つけ出し、勇気を出して受診しました。
そちらの先生がいろんなアドバイスやお薬の調整をし続けてくださった結果、2018年の春ごろから、痛みは出てくるけれど回復の速度が速くなり、体のこわばりも少しずつ抜けてきました。これは本当にうれしいことでした。今も通院し服薬を続けています。

「痛い」感覚を感じすぎていると、脳みその「痛みセンサー」にエラーが起こり暴走してしまう。
結果少しの刺激でも激しい痛みを感じてしまうようになるそうです。

まずは薬で「痛い」を感じる頻度と度合いを減らす。
すると脳みそ内の痛みのセンサーが少しずつ回復していき、痛みに対しての免疫力が高まっていくのだよ。
安心しなさい、方法はいくらでもあるからさっ!
主治医の心強いお言葉でした。もっと早く出会いたかったぜ・・・。

一方で、メンタルはなかなか安定しません(;´Д`)
痛みのピーク時は大声でもう死にたい!と泣きじゃくったり、夫にイライラをぶつけて罵声を浴びせたりしておりました。
用事で役所の福祉課に電話をかけて塩対応されたときはブチ切れて泣きながら、「なんでそんな対応するのーーー!」と喚き散らしたり、家の用で依頼した業者が気に入らず、クレームの電話で喚き散らしたり、喚き散らした後に我に返って混乱して再び泣きじゃくるなどなんとも泣いてばかり怒ってばかりでした。

ここ最近は日によって活動できる日、全く活動できずの日がありもどかしい気持ちでイライラして悲しくて泣いたりしますが、痛みが減ってからは喚いて大泣きはほとんどしなくなりました。

2017年9月~今現在、無職です。
ようやく自分が健常者として生きていくのは難しいのではないかと思うようになりました。
生まれて初めて、障害者手帳を申請し、2級を取得しました。
手帳申請用の診断書の診断名が「統合失調感情障害」、「身体表現性障害」となりました。

主治医曰くわたしは「双極性障害寄りの統合失調症なんだと思う」とのことです。
その説明がなんとなく腑に落ちたので、そうなのかぁ程度の感覚で納得しています。

今は傷病手当金をいただきながら、障害年金申請の準備をなんとか進めたいと踏ん張っています(夫が)。
家事がほとんどできないので、夫が仕事帰宅後晩御飯を作ってくれています。
お察しのとおり、夫に大きな負担がかかっている現状です。

なので私は堂々と自分は主婦だと言うことができません。
手続きなどで手っ取り早くしたいときは主婦ですと言っちゃってますが、肩書は無職です。
それが自分の中でしっくりくるので今は無職です。

以上がわたしのこれまででした。
どうしても時系列で細かく書いてみたいと思い、こんなに長ったらしくなりました。
読んで下さった方、ありがとうございます。大変お疲れ様でございました。

2. どんな精神・発達障害を抱えていますか?

気分障害、統合失調症、境界性人格障害を経て、現在の診断名は統合失調感情障害と身体表現性障害です。

 2.1. いつから精神・発達障害を抱えているのか?

初めて精神科を受診したのは21歳の頃です。

 2.2. どのような症状?

妄想の症状はここらへんをお読みください。

前述しましたが、統合失調感情障害については主治医曰く『双極性障害寄りの統合失調症』。ただ、どのような症状がこの病名に結びついたのかが今ひとつよくわかりません。主治医には病名は気にしないでいいよと言われてるのですが、気になるっちゃ気になるので追い追い掘り下げて聞いてみようと思っています。

身体表現性障害の症状の経過はここらへんから読んでみてください。

最近では不安感、焦燥感、怒る泣くなどの気分の振れ幅が大きすぎる、意欲低下、過眠、地味な身体の疼痛、地味なこわばり、地味な聴覚過敏です。

3. 精神・発達障害でこれまで大変だった事

体調の変動で仕事が続かず、退職の度に自己評価が低くなっていくこと。
一度レールを踏み外すと戻れないという社会通念に攻撃されているような感覚。
家族に大きな負担をかけざるを得ないこと。
自立支援医療制度や障害年金などの社会福祉の制度について、当事者同士での情報交換や自発的に調べようとしないといつまでたっても制度を知れないこと。

4. 今現在どんな治療を行なっている?

精神科と内科に月一回のペースで通院し、それぞれの科で薬を処方してもらっています。
気分安定薬、抗うつ薬、向精神薬と疼痛を抑えるお薬を飲んでます。
痛み対策のメンテナンスで鍼治療に月1回通っています。

5. わたしの日々の過ごし方

一日中寝ている日もあれば、火が付いたように家の排水部分(ドロドロ系)の掃除をしてテンション上がる日もあります。
外出すると緊張状態になり身体のこわばりが出てしまうことが多いので、通院以外はだいたいお家で過ごすことが多いです。

取得した障害者手帳を利用してたまに映画や博物館や動物園に行ったりもします。
1シーズンに3回くらいは明治神宮球場に行きヤクルトスワローズの試合を観戦します。
外出した日の翌日はどっと疲れちゃって横になってます。

夜は夫の帰宅後、調子が良ければ夕飯づくりのお手伝いをします。
夕飯ができると一緒にテレビを観ながら談笑。
クイズ番組が知識をひけらかせるので好きです(*´ω`*)
あとBS TBSで月曜夜9時から放送されている「吉田類の酒場放浪記」が突っ込みどころ満載で大好きです(´ω`*)

のこバブちゃん
素敵なご夫婦バブね!

6. 今の目標

体力と筋力をつけたい。
好きだったこと(読書や手芸、塗り絵など)を取り戻したい。
夫の負担を軽くするために家事を少しずつできるようになりたい。
犬と猫を飼いたい。
なるべく家族でげらげら笑ってたい。
あわよくば、いつかお母さんになりたい。
どんなに具合がわるくなったとしても、絶対に自分で自分をころさない。
具合悪かったら具合悪い状態でもせいいっぱい生きたいです。

7. わたしにとって回復の助けになったこと

<メンタル面>
家族の存在と生物の存在。温かいものに触れること。自然のものに触れること。
今まで出会ってきた大切な人たちと関わることができたこと。
不調時は自分を落ち着いて俯瞰できるようになるまでゆっくり休むこと。
障害当事者同士で気持ちを分かち合うこと。
じぶんはひとりじゃないと、自分自身が自分を信じること。

<疼痛面>
疼痛に詳しいドクターをあきらめないで探す
身体を冷やさない
やさしめなストレッチ
お風呂に浸かる、銭湯にいく
就寝前に自律訓練法で力を抜く
無理は絶対しない
痛くなったときは「たぶん明日か明後日には痛くなくなる」とむりやり思い浮かべる。

8. こんな活動しています!

都内で活動している『精神障害当事者会ポルケ』という精神障害当事者団体に所属しています。
参加を精神障害当事者に限った、当事者同志だからこそ言える困りごとや心配事、ときには優しい気持ちも分かち合える、月一回のまったりゆるりんな『お話会』に参加しています。

お話会以外に、不定期に勉強会などのイベントも開催しています。
友人でもある代表者にリンク掲載の許可をいただきました。
興味がある方はこちらをご覧くださいね。

ポルケの活動に参加したことで、当事者仲間がとても増えて、中には活動以外のプライベートでも仲良くしてくれる友人も出来てとてもハッピーです。
お話会の雰囲気は、私の主観だととても穏やかです。
一緒に笑ったりせつなくなったりしてくれる仲間がいることが自分の癒しになっていることを実感しています。
自分がいることで癒されている人たちもきっといて、それをうれしく思ったりもします(*´ω`*)

あとはたまーーに、のこのこバーにも参加しています。
ネットだと頻繁に開催されているのがとても魅力的だと思ってます( ´∀`)b

9.繋がろう!!

障害当事者の方もそうでない方も!仲良くしていただけたら嬉しいです。
私は動物、本、手芸、くだらない笑いなどが好きな30代前半既婚子なし無職女性です!
ヤクルトスワローズ応援中、推しは背番号33、畠山和洋選手です!
たまに暗いけど笑い、言葉、精神障害、社会福祉、哲学、倫理、生き物、アート、日本、筋肉などの知識を深めて繋がりたがっている穏やかな生物ですのでお気軽に話しかけてみてくださいね(*´ω`*)

twitter:@憂いを帯びたチチパット

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