「心が震える人生を手繰り寄せる」by しま

しまです。お読みいただきありがとうございます。
少し、といっても10分ほどでしょうか?あなたのお時間をいただきます。
私の今までをお話しする間だけ。
平々凡々な非日常をお話しする間だけ。

のこ太
しまさん、よろしくね!

1. 僕の人生

 1.1.  幼少時代

意味もなく死にたい死にたいと親に言う子供でした。
自分でも意味が分かりません。
別に虐待とか受けていたわけではなかったんですが。

 1.2.  小学生~高校生

堅実な両親のもとで育ち、本とゲームに明け暮れる日々でした。
物忘れが多く、朝も起きられず、集団に馴染むことなく一人で本を読んでいました。この頃からすでに発達特性を大いに発揮しながら、自由奔放で自己中心的で嘘つきな日々を過ごしていました。高校は進学校に入り、いい大学に行っていい就職をして安定した人生を!なんてのんきなこと考えていました。

のこ蔵さん
(わたす、そろそろいい大学に入りたいデスな…)
のこ助さん
心の声が漏れてるぞ

ただ、どのステップでも共通していたのは、一人の時間がとても多かったことでした。
小中学生はほんとに孤独でした。部活もやらずクラブチームにも参加せず、ひたすら一人で本を読んだりゲームをしたり。
高校では山岳部に入りましたが、3年間で部員は僕一人だけ。
毎日放課後、気ままに自分のペースで走って、週末単独で山に登る高校生活でした。

集団に属する機会がなかったわけではなく、それを選ぼうという意思がなかった。
自ら一人でいることを選び続けた時代でした。

なぜかと聞かれると、自分でもよくわかりません。
小中といじめられたから。両親が不仲だったから。。。
原因はいろいろ考えられますが、これといった決め手はありません。

ただ幸いなるかな(?)。『死にたい』という感情が湧くことは一度もなかったです。
これは、選ばなかったというよりは、思いつかなかったというほうが正しいのですが。
幼少期頻繁に死にたい死にたいと言っていた私ですが、この頃はいわゆる『見返してやる精神』の方が勝っていました。悲しいことにその精神は生まれても継続されることなくすぐ消し飛ぶんですが、少なくとも『自殺を思いつくこと』に代わるものを無意識に選んでいました。

同時に、自分が普通じゃない、という自覚も芽生えていました。『発達障害』という言葉を知る前から、「なんかおかしいぞ?なんでいつも俺はこうなんだ?」って悩みに悩んだ時間も数え切れず。。。
「大学病院で脳検査受ける!」なんて宣言したこともあります。まあ宣言しただけで終わりましたが。

脳検査は結局社会人になってから受けました。およそ10年来の夢が叶った瞬間でした。

 1.3.  大学生

大学生活はいろいろありすぎてここには書ききれません。
得たものも失ったものもたくさんあります。
ただ、間違いなく良かったといえるのは、診断を受けたことと、120人規模の部活に入ったこと。
診断は、ADHD不注意型とASD。あまりにも予想通りで何の感慨もわきませんでした。ただ、今まで死ななくてよかったなとは思いました。
120人規模の部活では、人間性を矯正されました。それまでの社会性皆無な自分を良くも悪くも徹底的に痛めつけてくれたのです。おかげで「普通」がちょっとわかるようになり、『空気の読めるASD』になれたと思います。

 1.4. 社会人

新卒入社したのは、システムの開発販売をする会社でした。ここで発達障碍者のクローズ就労というものを身をもって知りました。会社にいると、とにかく落ち着かない、何を言われているのかわからない、ミスを謝罪した直後にまた同じミスを繰り返す、、、まるで自分じゃないもう一人の自分が働いているようでした。
職場の上司にも同期にも一切馴染めず、ただただ疲れに行くだけの日々でした。

配属されて1か月目のある日、身も心も限界を迎え、気づいたら訪問先近くの某駅で首を吊っていました。
幼少時代の口癖が実現しかけたわけなんですが、結局実現することはありませんでした。
結局通行人に助けられ内勤の部署に異動になりましたが、そこでもミスを連発した挙句、首を吊ること2回。
1年ももたず、あれよあれよという間に休職、退職に追い込まれてしまいました。

のこ太
命が助かってなによりだよ….
のこバブちゃん
ばぶぅ…(ホント、よかったバブ)

抑うつ状態と診断され、3か月自宅でプラプラしていましたが、このままではだめだと思い、葬儀社に転職しました。しかし、そこでも同じように適応できず、2か月で退職してしまいました。

2社とも障害のことは一切言わずに就職しました。2社目に至っては退職まで全く打ち明けることなく終わりました。最後通告の電話で、ずっとマウントを受けていた支配人から「色々教えたかったけど君が辞めるからもう無理だね」って言われたのが耳から離れません。

そして現在、無職です。

のこ太
それはキツイひとことだったね…
のこ美ちゃん
就労でオープンにするかクローズにするかは悩むところよね

2. どんな精神・発達障害を抱えていますか?

ADHD不注意型/ASD/抑うつ状態

 2.1. いつから精神・発達障害を抱えているのか?

おそらく生まれたときからずっと。
抑うつ状態は、会社員時代に発症しました。

 2.2. どのような症状?

易疲労性
朝起きられない
緊張、プレッシャーに弱い
耳からの情報が洩れる、覚えられない、理解できない、話の間が独特

3. 精神・発達障害でこれまで大変だった事

障害のためなのか、会社という空間がとても苦手でした。
普段の自分とは別人になり、挙動不審で声の小さいダメ人間に変身します。
また、家にいるととにかく何にもできません。気力がありません。ひたすら横になってます。
他方、外に出るととても元気。このページも公園とマクドで完成させました(笑)
そして帰宅後再び木偶の坊となります。

のこバブちゃん
ばぶ!(外に出るって大事ばぶ!)

4. 今現在どんな治療を行なっている?

服薬とカウンセリング

5. わたしの日々の過ごし方

本を読んでは寝て、YouTubeを見ては寝る日々です。
たまにフリーライターの仕事をしています。

6. 今の目標

障碍者雇用で再就職するか、職業訓練を受けるか。
手に職をつけて、一人で稼げるようになりたいです。
あとは、元気のもとになる何かを探すこと。
心が元気なら何でもできると思うから。

人生はどれだけ

呼吸をし続けるかで

決まるのではない

 

どれだけ

心のふるえる瞬間があるかだ

 

ジョージ・カーリン

のこジィ
名言じゃのぉ
のこバァ
この歳になっても、この言葉にハッとしたのぉ

7. わたしにとって回復に役立ったと思う活動

人が集まる場に行くのは回復に役立ったと思います。
例えば、バーや図書館、公園、ホームレスの方々向けの炊き出しへの参加など。
もちろん、のこのこ公園もとてもありがたいです。

のこママ
人との繋がりで救われることも多いのね!

8. 逆にわたしにとって病状を悪化させたと思う活動

葬儀社への転職は無謀でしかなかったです。
就職活動する際は、就職先がどんな仕事を主に行うかをよくよく調べてから行うべきです。

のこパパ
気になる会社は事前に見学するのもアリかもな!

9. こんな活動しています!

近々、路上生活者対象の炊き出しに参加するつもりです。

10. 繋がろう!!

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最期までお読みいただきありがとうございました。

 

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